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公認会計士監査は粉飾決算に無力か

松山 治幸

1. カネボウ粉飾決算事件に衝撃
 2000億円を超える粉飾決算。過去5年以上継続された粉飾決算。その間、投資者はカネボウ株式の売買を継続してきた。カネボウは粉飾決算であったが、投資者はその事実を当然ながら知らないで売買してきた。欠陥商品を購入するようなものと同じ。このような場合に、株主は証券取引法に基づき損害賠償請求訴訟を行うことができる。被告は、会社役員(監査役を含む場合もある。)と会計監査を担当してきた監査法人(公認会計士)が通常である。
2. 刑事事件の被疑者
 有価証券報告書虚偽記載による証券取引法違反に当たるとして検察庁などが関係者を逮捕し刑事責任の追及を行う場合がしばしばある。この場合、通常は関係役員に絞られているケースが多く、監査法人などに捜査のメスが入ることは比較的少ない。やはり刑事事件としては犯罪の首謀者が捜査の対象になるのであろうが、監査人の法的責任も通常は重いものがある。
3. 民事訴訟の実例

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 日本住宅金融など住宅金融専門会社が多数存在していたが、バブル経済崩壊と共に財務内容が著しく劣悪化してきた。しかし、当該住宅金融各社は貸付金の回収不能見込額の必要額を計上しない決算を強行してきた。その中の代表的な企業が日本住宅金融であった。証券取引法に基づく損害賠償請求訴訟は過去の実例が極めて少ないと思われ、原告側・被告側・裁判所がこの裁判に戸惑うこともあったようだ。そうした中、監査調書の提出命令により原告側は監査調書を入手することが出来た。裁判結果は、双方の和解で決着した。
   
A  山一證券の事案も衝撃であった。平成9年11月22日の早朝、山一證券の自主廃業と共に簿外債務が公表された。この事件を聞いたときはわが耳を疑うほどであった。偶然にも私は株主であったために、即座に損害賠償請求訴訟を思い立った。現在は原告でないが、大  阪地裁で監査法人を被告とした損害賠償請求訴訟が今も継続しており、私は裁判を支援する立場にある。現  在は双方の争点整理が行われている。被告である監査法人は、正規の監査手続を実施したと主張の上、複雑に仮装・隠蔽された取引は会計監査で発見することは困難であるとして請求の棄却を求めている。原告側は、巨額な営業特金の後始末問題を監査で十分に取り上げ  なかったことで、ペーパー会社若しくは仮装の現先取引が発見できず、飛ばしによる含み損失隠しを見逃したものと主張している。平成10年3月の提訴であったが、当初は管轄裁判所問題(移送問題)で東京地裁か大阪地裁かで争った。被告は、山一證券株式会社、同社の野澤元社長ら関係役員も含まれていたが、いずれも和解により終結しており、監査法人との裁判が継続しているものである。
   
B  そごうの事案とは、水嶋そごうと称される千葉そごうグループ各社(海外事業会社を含む)に対して巨額の貸付金、債務保証、保証類似行為が存在し、これら千葉そごうグループ各社の財務内容は事実上債務超過であるのもかかわらず、貸倒引当金(保証債務損失引当金を含む)が一切計上されていなかったとされる問題である。平成12年2月期の上場企業として最後の決算では巨額の貸倒引当金を計上したものの、その以前の決算ではそのような会計上の手当てがなかった。ところで、当時の会計基準の問題もあったが、千葉そごうグループ各社は連結決算対象会社から除外されていた。持株比率によるものであるが、新しい連結基準では連結対象になり、会社としては危機をもっていたとされている。この証券取引法に基づく損害賠償請求訴訟は東京地裁で裁判中であり、被告は元会長と監査法人である。
   
C  阪急電鉄は、平成13年3月期で、阪急宝塚線豊中地区における高架工事による工事負担金の376億円を全額利益計上した。従来は、高架工事代金から圧縮記帳する処理を継続してきた。しかし、同年は過年度からの含み損失を処理する一方、大幅な赤字決算を回避し株主配当を継続する意図から、利益計上したとされている。この会計処理は、公正な会計慣行違反に当たるとして、株主代表訴訟が行われた。取締役が会社に損害を与えたものであるとの主張で、損害とは利益計上することで一時に150億円の法人税等の支払いが発生しその税金にかかわる金利が損害であると主張されたのである。また違法配当に当たるとして流出した違法配当部分も損害として主張された。本件は、平面を走行する電車を大阪府による都市道路整備事業として鉄道を高架にすることで道路の渋滞などをなくす元々が道路事業の一環として行われた事業である。阪急電鉄にとって鉄道を高架にすることで収益に繋がらないこそ大阪府は税金を使って工事代金を負担したもので、会社はそれを工事負担金として受け入れしていたものであった。それが、平成13年3月期の高架工事完成年度に突然利益に計上された。これは少なくとも一時の利益ではなく、高架工事の耐用年数である60年間に亘って分割計上されるべきと考えられる。圧縮記帳によりこの利益分割計上が可能として、他の多くの大手電鉄会社では、圧縮記帳方式が採用されていた。しかし、裁判は原告の敗訴。大阪地裁、大阪高裁共に。最高裁への上告を行ったものの平成17年8月3日上告を棄却する判断が示された。理由は上告事由に該当しないことであった。裁判は原告の敗訴に終わったが、会計基準問題を裁判で争うことの難しさを噛みしめる結果となった。
   
D  その他に、駿河屋の架空増資事件と監査上の取扱い問題、メディアリンクス粉飾事件、アソシエントテクノロジーの事例、少し前にさかのぼればナナボシの粉飾決算(破産管財人が、監査法人の監査に重要な問題があったとして損害賠償請求訴訟を大阪地裁に提訴している。)、足利銀行の繰延税金資産などの事例、森本組事例、フットワークエクスプレス事件、サワコーコーポレーション事例、もっと過去にさかのぼれば大和銀行ニューヨーク支店における巨額損失事件、アイペック粉飾決算などその事例は多数。これ以外にも、問題視されている事件は多数ある。
   
E  私は、山一證券、そごう、阪急電鉄、ナナボシ事件は関係資料など相当に詳しくその事例の内容を点検してきた。裁判中などのこともありその詳しい内容報告は後日にその機会を譲りたい。このような事案のうち山一證券及びナナボシの場合、監査で不正を発見できなかった。その原因は、一言でいえば監査人の監査に対する適切な取組姿勢が欠けていたものであると考えている。山一などの監査において不正を発見できなかった原因に監査基準の欠陥は影響がない。事実関係を十分に点検もしないで安易に基準問題へ摩り替えるとすればそれは問題である。また、企業が不正な会計処理を隠蔽し発見されないように複雑に操作するために発見できないのは止むを得ないという意見も聞く。裁判の準備書面にも堂々とこのような主張が行われる。発見できなかった原因を監査人自ら検証すべきであり、裁判では原告側にそれを明らかにするよう迫っているのは被告の開き直りと思われる。
F カネボウ事件に戻る
   カネボウの粉飾決算の主要舞台は興洋染織とされている。この興洋染織はマイヤー毛布を大量に生産する企業であるが同社の問題に早くから監査法人が調査していたと報道されている。監査法人は、カネボウが複雑な処理を画策していたために不正を発見することは困難であったとも主張しているが、この粉飾を発見することは難しい問題であったとは考えられない。今後の裁判などを通じて明らかになろう。

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金融機関の不良債権問題と決算
   金融機関における不良債権の自己査定において債務者区分の問題を中心として貸倒引当金の計上の適否が大きな問題となった。事実上の倒産会社である旧日本債券信用銀行、旧日本長期信用銀行などでは有価証券報告書虚偽記載の問題として刑事事件、民事事件になった。不良債権の評価と併せて繰延税金資産の過大計上問題も重要なテーマとなった。
4. 粉飾決算に公認会計士はどう向かうのか
   粉飾決算事例を調査分析しその原因を明らかにすることが重要。経営者が粉飾決算に手を染めるのであるが、そうすることの経営上の背景(動機)がある。一般的には、経営陣の保身、対外的な面子、金融機関対策、株価対策、取引先との安定的な営業、株主対応(配当継続など)などがいわれるところである。しかしその背景をもっと具体的に調査すると共に、その粉飾の手法を明らかにすることにある。
 このような調査を行うことにより自ずと監査上の諸問題が明らかにされるものである。監査上の問題点を明らかにできることにより公認会計士監査の改善に繋がり再発防止にも役立つ。このような調査研究なくして、監査の改革はない。監査担当者は、粉飾に関する説明責任があるものと考えているが、守秘義務の壁が立ち塞がっている問題は悩ましい。
 ところで、過年度における粉飾決算事例の私なりの点検結果から判断すれば、監査人が形式的な監査に終始し、粉飾決算が行われているかもしれないリスクを強く意識しないために経営者によるそう難しくない操作・隠蔽を見破ることができていないと感じている。そういう意味では、監査基準の未整備問題ではない。
 従来、株主から粉飾決算の場合に損害賠償請求訴訟が監査法人に対してほとんど行われなかったことが、監査人の緊張感を弱めることに繋がっている。カネボウの粉飾決算にしても株主が監査法人に対して提訴したことは今後発生するかもしれないが現在のところ聞いていない。クラスアクションの規定がないことも影響している。
 監査人は、粉飾決算を発見する監査を十分に心がけているものと私は信じているが、不幸にして発見できなかった場合には自己の監査手続を再点検し、不備があれば相当の責任を取ることしか道がない。それだけに厳しい業界かもしれないが、職業専門家としては粉飾決算を発見するしかない。そのためには過去の不幸な歴史から多くを学ぶ手段を持たない私たちの現状は闇夜の彷徨者である。
5. 日本公認会計士協会に望む
@   綱紀案件など監査・会計問題の開示を求める。従来、綱紀案件が理事会で審議するに当り、利害関係者が退席した上、審議事項の関係書類が当日配布されことが通常化していた。ここで審議する理事は急ぎ足で書類に眼を通し採決されるのであるが、その時間は1件当り2時間前後となっている。このような審議方法を何年もの間継続してきた。大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失事件に関係する監査法人の綱紀事案審議資料が公表されていたが、このことが利害関係者から不満視された結果、その後は公表されないこととなり、理事会の審議方法が当日配布・当日回収となった。但し、協会の新しい審議方法では理事会決議が関与し無くなったためにこの問題は自然と解消した。
 
A  会計又は監査問題の調査研究する部門の充実を図る必要がある。会計問題、監査問題のプロは公認会計士である。残念ながら、裁判所はそのような問題の経験は少なく的確な判断を期待することは少々難しい。学者は、多くは実務に携わっていない関係上会計・監査問題の実務的な切り口での論評が少ない。そうした中、公認会計士はこの問題を深く切り込むのに最も適している。情報が不足していることも影響しているが、公認会計士が独自で調査研究する機会も少ない。従って、協会内部においてそのような調査部門の充実を図るのが適切である。
B  現在発生している事件の事実に踏み込むこと。カネボウ事件はその代表的な事例である。どのようなスキームでの粉飾手口であったか、なぜ監査は機能しなかったかなどが調査研究の対象である。このような発生した事実に眼を背ける姿勢では公認会計士の信頼性確保はありえない。
C  会員との対話をもっと図る必要がある。協会本部の定期総会でもそうであるが、後の予定が詰まっており決議結果も予め分かっている。そういう意味では儀式のようなもので、質問者を遮り、回答も不十分である。このように協会執行部と会員との間には距離がありすぎる。また、その機会もめったにない。会員がもっと参加しやすい機会を設けて会員との対話を進めること。
6. 最後に
 粉飾決算問題を中心にして現状と展望を粗雑ながら少々まとめた。私の事務所にある山一證券事件に関わる書類もA4ベースで1万ページ以上に亘る。この事件一つとっても纏め上げるのはなかなか難しい。しかし、粉飾決算が多発する中、監査問題を関係者に知っていただきたい思いをもってひとまず簡易的に今回まとめた。継続して、粉飾決算問題を中心として投稿したいと考えており、別途研究会も開催したいと考えており、ご意見をお寄せいただきたい。
補足
 この原稿は、平成17年8月10日に作成し、投稿したものである。テーマが具体的な監査問題であるために、会報部及び関係者の意見にも配慮する必要性から掲載が遅れたものである。また、筆者の了解の下、会報部による修正が行われている。 この原稿の記載後、カネボウ粉飾決算において監査法人の社員が逮捕・起訴された事件は衝撃的であったが本稿では触れておらず別の機会に譲りたい。
 ところで、平成17年11月22日に企業財務情報研究会主催の監査問題事例研究会が開催され、80余名の参加者の中、カネボウなど具体的な監査問題の報告が行われた。
 山一証券の粉飾決算による株主からの損害賠償請求訴訟のうち裁判が継続している被告である監査法人(会社役員などの被告部分は和解により終結している。)については、事実上結審し、来年の3月20日大阪地裁での判決の予定となっている。