特集

開業奮闘記

小柴 学司

 
 昨年も「会計士万歳!」というテーマで登場させていただいたのですが(確定申告時期で皆さん忙しかったのかな?)今回もお声を掛けていただきましたので、開業ドタバタ奮闘記を書かせていただくことになりました。
 会社を設立したのは平成15年6月ですから、まだ3年弱なのに開業当時を振り返ると訳がわからないまま走り回って効率の悪い営業をしていたことと、家族から冗談で「社長」と呼ばれていたことが懐かしいです。
 私はM&A仲介を仕事に選んだので、今でも特定のお客さんから毎月顧問料をもらうことはしていないのですが、当初はもちろんお客さんもいませんでした。M&A仲介は成約するまでに時間が掛かり(通常早くて半年)、スポット業務で成功報酬なので、売上が上がるのはおそらく1年後かな?と思いながらのスタートでしたが、M&Aの潜在ニーズの大きさには自信がありました。いつか必ず時流に乗る時が来ると。
 また、しょぼいスタートを切りたくなかったので、本社もそこそこいい場所に借り、売上の見込みがないまま従業員2人を採用しました。
実はこれが大失敗でした。銀行出身の男性社員を営業で採用して給料も気前よく出していたのですが、なんと10ヶ月間売上ゼロ。まともな売り案件もゼロ。おまけに勝手に変な組織を作ってそこの営業をしていることがわかり辞めてもらうことにしたのですが、その社員が不当解雇だとかややこしいことを言い出して普段ストレスをあまり感じない私もかなり頭を痛めました。
 この社員に辞めてもらってからは、変なストレスからも解放され、1年目の最後にそこそこ大きな案件も成約し黒字になりました。
 当初の10ヶ月間で、10年間のサラリーマン時代に貯めた貯金の半分がなくなってしまい、このままでは後1年で貯金がなくなる〜。宇宙戦艦ヤマトではないですが、地球滅亡まであと○○日という心境でした。
 その後は、2年目、3年目と売上も倍々で来ましたので、今ではなんとか好きな車が買えるくらいになりました。
(こんな経験も)
 開業後最初に手掛けた石川県M市の歯科材料通販業の案件では、半年掛けてようやく最終契約寸前まで来た段階で売り手(歯科医)から正当な理由なくドタキャンされ、買い手(大阪の上場会社)に大変迷惑を掛けてしまったことがありました。この時、道義的に買い手からいただいてい
た着手金等はお返ししましたが、売り手(歯科医)の非常識な態度に真剣に訴えようかどうか考えました(結局、時間と費用が無駄なのでアホは相手にしないことにしました)。それ以後、歯科医嫌いはまだ直っていません(笑)
 また別件で、買い手の代理で売り手と交渉に当たったのですが、後で売り手がややこしい系のおっさんだったとわかったことがありました。M&A成約後に売り手が契約違反をしていることがわかり、契約では3,000万円相当の損害賠償をしないといけなかったのですが、ややこし系独特の脅しで契約を無視し、私も買い手(まだ39歳)もそれを解決するまでに1年くらい胃が痛い思いをしました。
 逆にややこしい系の人に対しては、やたら強い人とも何人か出会い、「困ったことがあったらいつでもご相談くださいね。必ず力になれると思います」という心強いコメントをいただいたりしました。
 また、日本にM&Aを普及させるためとM&A業界を発展させるためには業界団体が必要と考え、日本M&A協会を作りましょうと全国の同業者に声を掛けたこともありました。ただ、大手には相手にされませんでした(中小の仲介業者で賛同してくれたところもありましたが時期尚早でした)。ただ、いつか日本M&A協会を実現させたいと思います。
M&A業界は、秘密保持が徹底されていることもあり同業者とビジネスで交流することはほとんどなく閉鎖的で敷居の高い業界ですが、将来は、同業者が切磋琢磨できる環境が整えばと思っております。
(周りの反応は?)
3ヶ月掛けて社名を考え、会社の設立登記が終わり、パンフレットが完成し、パソコンや備品がそろって、いよいよスタートだとテンションMAXの状態(北斗の拳で、怒ってケンシローの服が破れるイメージ)で事業計画を作成しました(今見ると恥ずかしい)。
 周りの人に挨拶状を送り、開業を告げるといろいろな反応がありました。
 よく家族で行く自宅の近くの小料理屋(夙川駅前の魚心)のご主人が「がんばってくださいね。言っていただければ、会社の看板作りますよ」と励ましてくれたのは嬉しかったです。
 また、散髪屋のおやじに、M&A仲介をしていると言うとなんか悪いことをしている人(ホリエモン?)のように見られたのは、正直な反応だなとおもしろかったです。
 嫁の母親や親戚からは、独立して大丈夫かいな〜という意見もあったのですが、今では出世頭の称号を与えられ、この記事が掲載される4月の桜の花見シーズンには、親戚を自宅に呼んで、「お陰様パーティー」をしていることと思います。
(ボランティアのすすめ)
 仕事とは直接関係ありませんが、開業2年目に1年間、(時間的にきつかったのですが)大阪八青会という若手の司法書士・弁護士・税理士を中心に11の若手士業90名ほどで構成されたボランティア団体の会長をさせていただきました。いろいろな場面で挨拶をすることも多く、異業種の友人がたくさんできました。この会は、毎月の勉強会(その後はもちろん飲み会)の他に大学や高校へ出向いて、学生等に「公認会計士は普段こんなことをしています」という職業紹介をしたり、法律家が少ない地域(主に離島)へ出かけて、地元の専門家とともに無料法律相談をするといった活動をしています。
 昨年は、大分の九重町(湯布院の隣町)で無料法律相談を実施し、地元からも10名近い士業の方が応援に来てくれました。今年(9月16日に決定)は、2年ぶりに私の大好きな屋久島(将来、移住予定)での開催が決定しております。
 こういう活動のお陰でわかったことは、ボランティアは自分のためにやっているということと司法書士は意外とおもしろい人が多いということです。司法書士だけでもこの1年で100人以上名刺交換したと思います。
 また、この会の中でもさらに濃い〜メンバーがNKK(肉を食う会)という毎月29日に日本橋で焼き肉を食べる会を作っています。因みに2月9日は総会です(笑)
(今後の目標)
 今後、案件の成約率と成約までのスピードをもっと高めていきたいと思っております。
 今でも自信のある案件しか受託していないので、成約率は9割以上とかなり高いのですが、将来は、99.73%くらいまで高めていきたいと思っています。因みにこの数字はゴルゴ13(謎の東洋人デューク東郷)の仕事の成功確率です。お客さんから依頼があった時は、(たまには冗談で)全く表情を変えず「要件を聞こうか」なんて言うのもおもしろいかなと考えています。
 今年1月と3月に成約した2件ともスタートから最終契約まで約1ヶ月でしたが、時々今まで考えられないようなハイスピードで成約することもできるようになりました。
 この数年は、会社を大きくすることは全く考えておらずピン芸人(美人秘書は欲しい!)でいきたいのですが、40歳代では、社員教育に注力し、自分より優秀な部下を持つことが目標です。
 ルパン三世のようにメインの登場人物が5人くらいの会社がいいかなと思っております。
 もう少し大きくても10名以内、野球のように9人のプレーヤーがいて、そのうちスタープレーヤー1〜2人がいてすごい仕事をするという会社が魅力的です。
 また、50歳代で会社を売却し、もう一度別業種で起業したいと思いますが、いい会社があれば買ってみたいと思います。
 時々セミナーで、風呂屋を買収して番台に座るのが夢ですと言っているのですが、それは冗談です。
(起業のすすめ)
 男性の起業の平均年齢は35歳くらいで、女性は30歳くらいと聞いたことがあるのですが、サラリーマンをリタイヤした方にも人生一度は起業のおもしろさを味わって頂きたいと思います。母校の和歌山大学のOB会では、看板イベントの勉強会(人生塾と呼んでいます)の塾長等いろいろな役を任されているのですが、リタイヤした先輩にシルバーベンチャー(そんな言葉があるかどうかわかりませんが)するなら応援しますよと言っております。
 起業すると会社を作ること、従業員を採用すること、お客さんから自分を認めてもらって取引してもらうこと等初めてのことばかりで大変勉強になります。
 自分の器もわかり、周りの評価もわかります。社員をうまく使う管理能力があるかどうかもわかります。自分の年収をサラリーマン時代の10倍以上にすることもできますし、昼間に映画を見に行くことも秘密のストレス解消に出かけることもできます。
 でも一番よかったのは、代表取締役の肩書きで営業をすると多くの経営者に会いやすく、人脈がかなり広がったという点です。とにかく経営者が多く集まるところによく顔を出していたので、人脈の広がり方はサラリーマン時代の20倍くらいはありました。ある都銀の副頭取が東京からわざわざ会社に来てくれたこともあり、ちょっと変わった職業を選んでよかったとつくづく思います。
 人生は、選択肢の多い方が幸せです。会社の2代目で、その会社の後継ぎになることを宿命付けられた人は不幸かもしれません。自分で切り開いてこそ、楽しい人生だと思います。
 元F1チャンピオンのニキ・ラウダが、F1引退後ビジネスを始めたときに「ビジネスは、F1よりエキサイティングだぁ!」と言いました。
 最後に私も一言、「ビジネスは、M−1よりエキサイティングだぁ!やっぱり独立してよかったなあ!」