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特集 「法令遵守」が日本を滅ぼす! |
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〜郷原信郎氏へのインタビュー〜(上) |
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公認会計士にとっての法令と社会的要請 |
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(会報部員) 先生のご著書『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)では、法律の機能とその法令についての社会の要請の間にズレがあるにもかかわらず、社会がそれを配慮せずに法令の盲目的な遵守を行うことによって、不毛な結果をもたらすことが紹介されています。 我々の世界でも、投資家をはじめ証券市場にかかわる人々はもう少し証券取引のリスクを認識していただきたいという意味で、同様のことが生じているように思います。証券取引法に関して法律の機能とそれについての社会一般の認識のズレがあるということに関して、我々には、1980年代から監査とそれに対する投資家の期待が違う(期待ギャップ)ということで、我々自身で自戒してきた歴史があります。 その中で公認会計士監査に関する社会的批判に対して、機械的、形式的に金融庁の指導を受け入れなければいけない雰囲気が我々の中にないかと気になるのですが。 |
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(郷原) 新潮新書の中にも、村上ファンド事件やライブドア事件を書いていますし、証券市場の歴史と環境変化、経済社会の環境変化と書いていますが、いろいろ複雑な要因がこの問題にかかわっていると思います。 |
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公認会計士の専門的判断と行政指導 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(会報部員) 我々は、金融庁の公認会計士・監査審査会の検査などを受けているわけですが、我々は、いろいろな見解や新聞の論調などを素直に受け入れすぎていないかという気もします。このことは、今まで我々が抱いていた会計に関する専門的判断は公認会計士が行うというプライドを揺るがすものになっているようにも思います。専門家としての判断について、我々はどういう軸足を持ったらいいのか?ということを感じるのですが。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() 私は会計の専門的なことは分かりませんが、そういうフレキシビリティも含めて投資家に理解してもらっていればいいのではないかと思うのです。会計処理の考え方については若干の幅がある、その幅の範囲内で我々はきちんと証明していますよということが示されていればいいのだと思います。それが今の証券市場は、逆にそういう幅を認めないような方向で、行政の指導もそちらにいってしまっているのです。しかし、行政は会計監査のプロフェッショナルではないのです。そこが本当にそれでいいのかどうか。 確かにどこの誰が監査しても全く同じような内容になるということは、厳密に証明する、監査内容を保証するという意味では一番望ましいのかもしれません。しかし、生きた企業活動が本当に画一的、客観的に評価できるのかどうかという問題もあるのかもしれません。それならそれで投資家に対してあらかじめその可能性もあり得るということが告知されていなければいけない。それが今はあまりできない状況ですよね。そういうところに問題があるのではという気がします。 |
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(次号へ続く) |
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