本の紹介

「法令遵守が日本を滅ぼす」 郷原信郎著

井上浩一

 
 本のタイトルが面白いので読んでみましたが、本当に勉強になりました。筆者はもと検事で、東京地検特捜部などを経て今は大学教授です。従って、ジャーナリストなどが書いている本よりも法律解釈などにおいてより説得力があり、インサイダー防止法などについても「なるほど、そういうことなのか」と考えさせられます。
 法令遵守の過度な例として、個人情報保護法の運用があります。2年前のJR西日本宝塚線の事故では大勢の死傷者が出ましたが、安否を気遣う家族からの問い合わせに対して、病院が個人情報を盾に一切教えなかったのです。個人情報の保護と家族が消息・安否を知ることとどちらを優先すべきかは常識的に分かるようなものなのですが、実際の組織の運営においてはなかなか融通が利かないのが日本的解釈だと述べています。筆者は、「法令遵守」と「コンプライアンス」の違いを説明しています。単に法の字面を解釈するのではなく、法の趣旨・バックグラウンドをよく理解して運用しないと大変な間違いを犯すのです。著者は、個人情報保護法の運用を「法の失敗」と表現しています。
 「談合罪」については、昔からある法律なのに適用されてこなかった経緯が説明されています。談合は、必要悪的な「非公式システムとして」公共工事の発注において業者間での話し合いによって技術力や信用の面で問題がない業者が選定されてきており、高度成長期のインフレ期においては、前年度比較においてコスト増を抑え長期の品質管理・保証する点などにおいて合理的な面があったことについて解説されています。しかしながら、今日では弊害の方が大きくなってきたため、法律のとおり非合法なものとして糾弾されるようになったと説明しています。それはそれで良いのですが、それに代替する有効な発注システムが整備されていなかったため、結局談合はなくならず、かえって隠匿されるようになってしまいました。昔はそれなりに業者間や会社自身が実質的に管理できていた談合が、担当者個人レベルのものになってしまい、会社や同業者団体が管理できなくなってきたため、その取りまとめ機能を知事や市長の「天の声」に託するようになってしまい、その結果、収賄などの犯罪が増加してしまったと分析しています。発注システムにおける業者品質・信用選別の構造的欠陥が解消されていないのに、談合禁止の法令遵守だけを追及し、品質や信用を考慮しない入札方式を無理強いするとこういった問題が噴出するのです。実際、従来より品質の劣る公共工事が行わわれつつあるようで、何年か後になって強度不足の欠陥工事が露見するのです。