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少数株主持分と少数株主利益の価値関連性について |
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関西学院大学専門職大学院教授 |
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山地範明 |
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T.はじめに | |||||||||||||||||||||||||||||
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U.少数株主持分と少数株主利益の会計処理 | |||||||||||||||||||||||||||||
1.米国会計基準 | |||||||||||||||||||||||||||||
米国において、1959年8月に公表された会計研究公報(ARB)第51号「連結財務諸表」1)では、少数株主持分の表示については述べられておらず、実務では通常、連結貸借対照表において少数株主持分は負債と株主持分との間に表示され、連結損益計算書において少数株主利益は純利益を算定する前に控除されてきた。 1991年9月に公表された討議資料(DM)「連結方針および連結手続」2)では、連結基礎概念に基づく会計処理が明らかにされた。連結基礎概念とは、いかなる事業体のために連結財務諸表が作成されるか、または作成されるべきかという問題を考えるにあたっての基礎を与える概念である。連結基礎概念には経済的単一体概念(economic unit concept)、親会社概念(parent company concept)および比例連結概念(proportionate consolidation concept)の3つがある。 |
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経済的単一体概念によれば、少数株主持分は連結貸借対照表において資本の一部として表示され、少数株主に帰属する利益(少数株主利益)は連結損益計算書において純利益の内訳項目として表示される(下記のA案)か、または少数株主利益を含む純利益を表示後に控除項目として表示される(下記のB案)。一方、親会社概念によれば、少数株主持分は連結貸借対照表において資本以外(負債と資本の中間または負債)として表示され、少数株主利益は連結損益計算書において純利益を算定する前に控除される。比例連結概念において、少数株主持分は認識されないので、少数株主持分の表示は問題とはならない。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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2007年12月に公表された財務会計基準書(SFAS)第160号「連結財務諸表における非支配持分(ARB第51号の改訂)」5)では、少数株主持分(minority
interest)の名称は非支配持分(noncontrolling
interest)に変更された。非支配持分は、連結財政状態計算書(連結貸借対照表)において、親会社の株主持分とともに持分として表示され、連結損益計算書において非支配持分に帰属する利益は親会社持分に帰属する純利益とともに利益として表示されるようになった。これは上記の経済的単一体概念に基づく会計処理(連結損益計算書における表示は上記のB案)である。 経済的単一体概念における連結貸借対照表上の少数株主持分の処理は、少数株主持分が負債としての条件を満たさない理由を説明している以下に示す財務会計概念フレームワーク(SFAC)第6号「財務諸表の構成要素」6)と整合している。 「連結子会社の純資産における少数株主持分は、少数株主に対して現金を支払うか他の資産を分配すべき当該企業の現在の債務をあらわしているものではない。むしろ、そうした株主は、連結会社の内訳要素に対する所有権または残余請求権を有している。」(SFAC第6号、par.254)。 SFAS第160号によれば、非支配持分は、親会社以外の所有者によって所有されている連結企業集団内の子会社の純資産に対する残余請求権をあらわしており、非支配持分は、「持分または純資産とは、負債を控除した後に残るある事業体の資産に対する残余請求権である。」(SFAC第6号、par.49)とするSFAC第6号における持分の定義を満たしている(SFAS第160号、B33)。したがって、連結財政状態計算書(連結貸借対照表)において非支配持分は連結財政状態計算書(連結貸借対照表)における持分として表示されるべきであり、また、連結財務諸表の利用者が、親会社に帰属する持分を容易に決定することができるように、非支配持分は親会社持分とは別個に表示すべきである(SFAS第160号、B34)とされる。 |
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2.国際会計基準 | |||||||||||||||||||||||||||||
1989年4月に公表された国際会計基準(IAS)第27号「連結財務諸表及び子会社に対する投資の会計処理」7)では、少数株主持分は、連結貸借対照表において、負債および親会社の株主持分とは別個に表示しなければならない(par.33)とされ、連結子会社の純資産に対する少数株主の持分相当額を算定し、連結貸借対照表において、負債および親会社の株主持分とは別個に表示するとされた。また、企業集団の損益に対する少数株主持分も、別個に表示しなければならず(par.33)、親会社の所有者に属する純損益を算定するため、報告期間の連結子会社の純損益に対する少数株主の持分相当額を算定し、これを当該企業集団の損益から控除する(par.13(f))こととされた。 2002年9月における国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計基準審議会(FASB)とのノーウォーク合意後、国際会計基準(IFRS/IAS)と米国会計基準とのコンバージェンスにおいて、少数株主持分の会計基準についても見直された。これを受けてIAS第27号は2003年12月に改訂され8)、少数株主持分は連結貸借対照表において、親会社株主持分とは別個に、株主資本に表示し、また、企業集団の損益に対する少数株主持分も、別個に表示しなければならなくなった(par.33)。さらに、2008年1月に改訂されたIAS第27号「連結及び個別財務諸表」9)では、米国会計基準と同様に少数株主持分の名称は非支配持分に変更され、非支配持分は、連結財政状態計算書(連結貸借対照表)における持分として、親会社の株主持分とは別個に表示され(par.27)、連結損益計算書において非支配持分に帰属する利益は親会社持分に帰属する純利益とともに表示される(par.28)ようになった。 |
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3.わが国の会計基準 | |||||||||||||||||||||||||||||
わが国では、1975年6月に公表された連結財務諸表原則において、少数株主持分は負債の部に表示され、少数株主利益は純利益を算定する前に控除された。また、1997年6月に改訂された連結財務諸表原則において、1998年4月1日以後開始する事業年度から、少数株主持分は負債の部と資本の部の中間に表示されるようになった。これは、少数株主持分が返済義務のある負債でもなく、また、連結財務諸表における親会社株主に帰属するものでもないからである。なお、少数株主持分を負債の部と資本の部の中間に独立の項目として表示する方法によっても、少数株主損益は、連結損益計算書において損失又は利益として表示し、当該純利益は親会社の株主に帰属する利益の額として計算される10)。 2005年12月に公表された企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」において、2006年5月以後は連結貸借対照表において少数株主持分は純資産の部の株主資本以外の項目として表示されることになった。これは、親会社株主に帰属するもののみを連結貸借対照表における株主資本に反映させる親会社説の考え方によるためである。すなわち、少数株主持分は親会社株主に帰属するものではないため、株主資本とは区別されるのである。 |
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V.少数株主持分と少数株主利益の価値関連性 | |||||||||||||||||||||||||||||
山地(2000)の実証研究11)では、Ohlsonモデル12)を用いて、1990年3月〜1998年3月までのわが国企業を対象として個別会計情報と連結会計情報のどちらが企業価値に関連しているかを検証している。経済的単一体概念に基づく純利益(資本)と親会社概念に基づく純利益(資本)との間にはそれぞれ有意な差はないことを示している。この実証結果は、少数株主持分を含む資本および少数株主利益を含む純利益は株価のプラス要因ではないことを示している。 大日方(2006)の実証研究13)では、2000年3月期〜2004年3月期までの間のわが国企業を対象として次の2つの仮説を検証している。 |
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大日方(2006)によれば、仮説@と仮説Aはともに棄却される。したがって、「貸借対照表で少数株主持分を純資産に含めるのにともなって、連結純利益と少数株主損益の合計を損益計算書の最終損益にする」という提案は、少なくとも
value relevance の観点からは、否定することができないとしている。 石川(2006)の実証研究14)では、1989年3月期〜2004年3月期までのわが国企業を対象として少数株主持分が「負債の部」と「資本の部」の中間に独立表示される1999年3月以降、少数株主持分の重要性が相対的に高い企業の少数株主持分が「資本」として株式市場に評価されていることを統計的に証拠付けている。また、そのような企業の少数株主利益は「利益」として評価されている。石川(2006)によれば、これらの実証結果は「経済的単一体説」と首尾一貫し、投資者が、少数株主持分を加算した資本と少数株主利益を控除する前の純利益を用いて証券投資の意思決定を行うべきことを示唆している。 |
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W.むすび | |||||||||||||||||||||||||||||
会計基準のコンバージェンスにおいて、少数株主持分(非支配持分)を、連結財政状態計算書(連結貸借対照表)において、親会社の株主持分とともに持分(純資産)として表示し、非支配持分に帰属する利益を連結損益計算書において親会社持分に帰属する純利益とともに利益として表示する会計処理に収斂しつつある。従来の実証研究では、少数株主持分は資本とは評価されず、また少数株主利益を含む純利益は利益とは評価されていなかった。ところが、最近の実証研究において、少数株主持分を含む資本(純資産)と少数株主利益を含む純利益は、株価のプラス要因になりつつあることが示されている。会計基準の収斂とともに、証券市場において、少数株主持分と少数株主利益については、経済的単一体概念に基づく会計処理が支持されつつあるといえよう。 | |||||||||||||||||||||||||||||
注 | |||||||||||||||||||||||||||||
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略 歴 | |||||||||||||||||||||||||||||
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■1963年生まれ。1990年関西学院大学大学院博士課程後期課程単位取得。1990年関西女学院短期大学専任講師、1993年京都産業大学経営学部専任講師、1994年同助教授、2001年同教授を経て2005年より現職。1997年〜1998年英国ウォリック大学客員研究員。2002年博士(商学・関西学院大学)。主要著書に、『連結会計の生成と発展(増補改訂版)』(中央経済社、2000年)、『会計制度(新訂版)』(同文舘出版、2008年)などがある。 | ||||||||||||||||||||||||||||
山地 範明 |