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協会本部の定期総会で表彰していただく栄誉に感謝! 

宮 直史

はじめに

 本年7月9日に開催される日本公認会計士協会の第42回定期総会で表彰していただけるとの通知を受け取りました。表彰の理由は、表彰細則第2条第1項第四号「本会の委員等として功績顕著であり、その在任期間が通算して10年を経過したとき」です。私の功績が顕著か否かの判断は難しいところですが、協会本部の経営研究調査会の委員を1995年から昨年まで12年間させていただいたのは確かです。その間、平成13年度と14年度の2年間は出席率50%以上という条件を満たしていませんでしたので、今年の定期総会でようやく表彰対象となった次第です。
  今どき、監査法人という組織に所属しない会計士、しかも在京でなく地方の会計士が、協会本部の委員を12年間もさせていただいたことに心から感謝します。そして、その活動に対して表彰していただけるとのこと、素直に嬉しいです。ありがとうございます。

 
近畿会の委員会活動との出会い
 私が公認会計士2次試験に合格したのは1983年9月22日、今から25年前のことです。
  過去の記録によると、7月26日から28日に行なわれた試験の受験者は3,700名で、合格者は241名(合格率は6.5%)でした。試験制度が変わったので単純な比較はできませんが、平成19年度の公認会計士試験の合格者は4,041名(合格率19.3%)で、私が合格した時の受験者数より多い方が合格されて頼もしい限りです。皆さん方の今後のご活躍を楽しみにしています。
  しかし、近畿会の第42回定時総会議案書によると、合格して近畿実務補習所に入所した方が520名で3クラス制とのことですから単純平均しても1クラス170名になります。私が合格後に入所した近畿実務補習所の同期はわずか34名(五十音順で“み”の私は29番)でしたから、全体で15倍、1クラス当りでも5倍。すごいですね。
   古い記憶のため定かではありませんが、私が会計士協会の委員会活動に参加した最初のきっかけは、実務補習所に通う傍らに興味本位で顔を出した近畿会の経営委員会ではなかったかと思います。ニューメディア小委員会の創設に参画したり、カプラーを使ってパソコン通信をしたり、監査法人の仕事とは別の世界の知的好奇心を満たしてくれました。また、士補会では、日本合同ファイナンスの専務を講師に招いてセミナーを開催しました。東京の士補会と交流によって築いたネットワークは、25年経った今も健在です。
   実務補習所の授業や経営委員会や士補会などの活動を通じて多くの先輩の公認会計士と出会い、自らの研鑽を深めていくことができました。おそらく、監査法人という組織の中にいただけでは得られなかったでしょう。ありがたい限りです。
   しかし、監査法人に勤務して7年目の1990年、監査法人という組織に勤務しながらも生き生きとした個々人を確立することはできないものかと悩み、近畿CPAニュースに問題提起しました(1990年2月号)。この記事は近畿会だけでなく、東京の会員の間でも反響を呼んだようですが、結果的にその年の6月で監査法人を退職しました。
   当時の近畿会の会長だった中谷洋一先生には、士補の時から公私とも何かとお世話になりましたが、この時も体調が万全でないのに余計なご負担をおかけしてしまいました。本当に申し訳なく思っています。先生に色々とお世話になったお礼を申し上げると、先生はいつも「私への恩返しなら無用です。君の後輩にお願いします」と言われました。なのに、未だに果たすことができていません。申し訳ございません。
 
協会本部の委員会活動との出会い

   監査法人を退職してからは、近畿会の委員会活動に自らが積極的に関わることはなく、自分が興味のあるテーマの勉強会や研修会が開かれた時に参加するぐらいでした。
   しかし、1995年の近畿会の役員選挙で幹事に立候補し、無投票で当選しました。立候補のきっかけは田中章介先生が会長に立候補されることに伴ってその陣営の一員としてお誘いいただいたのですが、輝かしき伝統ある近畿会の経営委員会を復興させたいという思いもありました。
   近畿会の経営委員会では副委員長でしたが、当時の副会長の林恭造先生からお声をかけていただき、協会本部の経営研究調査会の委員にしていただきました。私は関学商学部の大学院の社会人コースの1期生としてマネジメントを2年間学び、95年3月に修了したばかりでしたが、それを林先生に評価していただいたようです。
   それがきっかけで4期(12年間)も経営研究調査会の委員をさせていただきました。近畿会の幹事をしたのは3期(6年間)でしたが、近畿会の幹事として経営委員会の担当を外れて会員業務部を担当した時も、そして近畿会の幹事を辞めた後も、協会本部から求められるままに委員を続けてきました。
   2004年には在任期間が3期(9年間)と長期にわたったこともあり、藤沼会長の新しい本部の体制で経営研究調査会を担当されることになった常務理事の佐伯剛先生からメールで交代の通告を受けました。あの時点で交代していたら今回の表彰はなかったわけですが、本部からの要請で近畿会の推薦とは関係なく経営研究調査会の委員をもう1期(3年間)継続することになりました。

 
協会本部の経営研究調査会について

  中日本五会の研究大会では発表する機会のない私ですが、本部の研究大会では2回発表する機会をいただきました(1997年の広島と2004年の札幌)。広島の研究大会では“ベンチャー支援と公認会計士の役割”をテーマとするパネルディスカッションのコーディネータを、札幌の研究大会では“中小企業金融の円滑化と公認会計士の役割”をテーマとするパネルディスカッションのパネラーをさせていただきました。
   この12年間で協会本部の場所は本郷から市ヶ谷の新しいビルに移りましたが、経営研究調査会の活動もずいぶん変わったように思います。
   私は、1998年から1年間はベンチャー企業専門部会の部会長を担当し、また2003年12月からは新設された中小企業金融専門部会で副部会長を担当したのですが、残念ながら2004年からの新体制ではベンチャー企業部会と中小企業金融部会は統合して中小企業経営専門部会に模様替えしました。そして、昨年からの新体制では中小企業経営専門部会も廃止されて、本部の経営研究調査会には中小企業やベンチャー企業の経営の支援を標榜する部会がなくなってしまったのです。本当に残念です。
   協会本部の中では「中小事務所等施策調査会」が担当して業務を引き継いでいるようですが、取組みが内向きになったイメージを受けます。公認会計士協会として、この体制が中小企業やベンチャー企業に対して真正面から向き合って取り組む体制といえるのか疑問に思います。
   また、近畿会の第42回定時総会議案書にも、“ベンチャー”という言葉が見当たらないようです。残念です。
   税理士会の6月号の会報には経済産業省が作成したベンチャー企業投資促進税制のパンフレットが同封されていましたが、会計士協会の対応はどうだったのでしょうか。行政からの依頼もなく、こちらからも行政に対して申し入れがなかったとしたら寂しい限りです。また、「中小企業の会計に関する指針」についても、同じタイミングで日税連と会計士協会から届きましたが、日税連から届いたものには指針の改正に伴って見直しされたチェックリストが早々と同封されていました。
   会計士協会が抱える多くの取組みの中で、中小企業やベンチャー企業に対する取組みの優先順位が低くなっているのであれば誠に残念です。
   実は、昨年7月で経営研究調査会の中で中小企業経営専門部会が廃止されたことに責任を感じている私は、何としても復活させたい思いで、身の程知らずにも、今年7月に名古屋で開催される研究大会の発表論文の応募にチャレンジしました。
   2月末の提出期限に、出張先の東京のホテルでA4で10枚のレポートを一気に書き上げ、市ヶ谷のキンコーズでプリントするとともにデータをCDに保存して提出しました。タイトルは「中小企業こそ内部統制」です。
    名古屋の研究大会のテーマである「公認会計士のパブリック・インタレスト」を強く意識してまとめたのですが、『日経ベンチャー』の4月号やTKCの『戦略経営者』の6月号でも「中小企業の内部統制」を特集のテーマとして取り上げています。確かに、論文としての形式や練り上げは十分とは言えませんが、私が尊敬する友人は「宮さんの中小企業に対する愛情が感じられる力作」とコメントしてくれました。
   結果的にボツでしたが、もっと残念だったのは、決定した本部枠の6つのテーマには中小企業やベンチャー企業の経営に関するものが見当たらなかったことです(開催地域会が担当する2つのテーマのうちの一つは事業承継対策です)。予想されていたとはいえ、残念です。
   なお、私の出席率が50%に達していなかった2年間は再生計画検証専門部会に所属していました。出席率が低かった理由について書くことはできませんが、結果的に委員の役目を果たさなかったことを心よりお詫び申し上げます。

 
まとめ
  「全力投球で自分のやりたいことをやることは楽しいことである」、私の敬愛する植村直己さんのメッセージです。ご縁のあった皆様方のおかげで、自分のやりたいことを全力投球で取り組むことができました。本当にありがとうございました。
   公認会計士を目指す前、私は蓮池学先生の事務所でお世話になりました。私の会計人としての原点でもあり、色々と学ばせていただきました。何よりも、街のタバコ屋さんも上場企業の社長も同じように接しておられる先生の姿に感銘を受けました。衣目修三先生にも何かとご指導やご教示をいただきました。実務補習所の授業では、西浦康邦先生のわかりやすい講義が忘れられません。安原誠吾先生の講義も素晴らしかったです。先生の講義や本は明解で、何度も繰り返し勉強させていただきました。また、経営委員会の勉強会での粕井隆先生の話は今でもはっきり覚えています。お題は「突然もてなくなったA君」と「こんな店2度と来るもんか」。とても有用な話に、その後の私のコンサル業務に対する取組みは大きく変わりました。
   そして、7年間勤務したトーマツで一番お世話になったのは石田昭先生です。監査の現場の中で厳しく鍛えられたことが、私の原点であり、トーマツOBであることを私は強く誇りに思っています。また、監査法人を辞めた後も温かく見守ってくださいました。大学院の社会人コースを受験する際に上司の推薦状が出願書類として必要だったのですが、独立して上司のいない私は、石田先生に無理をお願いして書いていただきました。お忙しいにもかかわらず、形だけでない、長文の丁寧な推薦状を書いてくださいました。私が社会人1期生として学び、協会本部の経営研究調査会で活動できたのも先生の推薦状のおかげです。
   そのほかにもたくさんの皆さんにお導きいただいたこと、心からお礼を申し上げます。50の峠を越えたもののまだまだ発展途上、伸びしろありと考えています。更に研鑽と経験を積んで参りますので、引き続き、ご指導よろしくお願いします。いつの日か必ず、志ある後進にお返しさせていただきます。
 

♪Coming Home♪

★★★ 1983年9月に公認会計士2次試験に合格した同期の皆さん ★★★

お元気ですか?

   あれから25年です。何かとお忙しいでしょうが、日々の雑事を離れて、 久しぶりに再会し、積もる話を肴に、盃を交わしませんか?
■ 日  時   2008年9月22日(月)
夕刻〜 終了時間は未定(なお、翌23日は祝日です)
■ 集合場所 日本公認会計士協会 近畿会(予定)
■ 会  場 まずは、阪急東通り商店街のチープな居酒屋(予定)

せっかくの機会だから、東京会をはじめ全国各地の地域会や、 海外の同期に声をかけてみるのもいいですね。 ご意見、ご要望、近況報告など、何かあれば宮までご連絡ください。