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リレー随筆 第7回

プラスαとして、 人生を拡大する妙味。

 辻 武志

 小さいころから、色々なことに興味がある性格であったと思う。自分では記憶に無いが、競馬の騎手や、アイススケートの選手になりたいと言ったこともあるらしい。
  ただ、そういう性格は多分にして長続きするものではない。つまり熱しやすく冷め易い性格なのかもしれない。(この職業に向いているかどうかは、たまに自問自答するときもあるが・・・)もちろん、長続きするものも無いわけではない。実際に3歳から始めたピアノは15歳までは、毎日2時間は少なくとも練習をしていた。また、高校時代部活のバスケットはいまだにOBでチームを作って時間が合えば月に一度は、汗を流している。
  この高校時代に私の性格の多くは形成されたと思う。私の出身高校は大阪府立豊中高校で、旧第一学区の二番手の高校である。(一番手はご存知の方も多い、北野高校である。)
  この二番手というところが、なかなか曲者であり魅力があったように思う。本来の実力を出さないものや、成績は問題ないが素行に問題があり内申点(今もそうかもしれないが、私の中学時代の大阪府立高校は学校の生活態度も進学に影響していた)が足りず、うちの高校に来たものもいる。  
  私自身がそうだからかもしれないが私の周りには、勉強だけでは物足りない(味気ない)という人間が多かったような気がする。
  私の場合、多くの高校生がはまるバンドや不良集団といったものではなく、スポーツに活路を見出した。高校入学から高校3年の夏までバスケットボール部に所属し、早朝練習も毎日(盆と正月以外は本当に毎日)欠かさず行っていた。顧問の先生が非常に恐ろしい先生で、今なら問題になるかもしれないがビンタで主将の鼓膜を破ったり、レギュラーに往復びんたを10回連続とかは普通だった。その厳しいご指導の結果、大阪府内の公立高校ではそこそこ有名だったと思っている。(蛇足だが漫画スラムダンクの大阪豊玉高校は、うちの高校がモデルらしい。)
  この高校時代の勉強とスポーツの両立した(?)経験が、私の人生を形作ったと思う。その後大学時代も、高校の先輩がしていたバスケットサークルに所属して、その後会計士受験時代に突入することになる。
  会計士受験時代も、私の性格上勉強に集中できないことから合格までに時間がかかってしまう。この時に、さまざまな(悪)友が出来て今の私の人生に彩りを加えてくれている。人生の遠回りをしたかもしれないが、非常に良い経験であり、人脈を形成してくれたと確信している。
  そして受験勉強のみでは物足りない性分の私は、大原簿記専門学校の講師という新しい事をさせてもらうことになる。ここで、私の人に上手く説明をするというスキルが身についたと思っている。人前でレクチャーや答案練習問題の解説をするということや、答案練習問題を作成するということも、この先非常に役に立ち且つなかなか手に入ることのないスキルだと思っている。また、この講師時代に様々な人たちと出会えた事を、幸せに思い感謝している。
  公認会計士試験に合格して、職場の同僚や諸先輩方に巡り合い非常に人との繋がりがさらに拡がっていった。当然公認会計士の業界の方々は、私のような気持ちが移ろいやすい人は少数派で、仕事に没頭している人が大半である。私より優秀な人が仕事に没頭しているため、当然私よりも、優秀な仕事をしている。ただ、私の性分は既に形成されてしまっているためどうしようもないと割り切って、業務をさせてもらっている。
 幸いなことに、今の会計は過渡期にあり非常に新たなことが多く、自分の創意工夫で仕事の幅や面白みがあり、移り気な私には非常にありがたい現状である。
  私の人生でのキーワードとして「プラスα」がある。自分の与えられた仕事に、ひとつ私なりの味付けをしたりして、何か楽しみを加えて業務をする。また、自分の趣味を持つことや新たな人との繋がりを作ったりする。
  そのことが人生では、遠回りになることもあるだろうしマイナスに働くこともあると思う。しかし、それが私の性分でありプラスに働くこともあると確信して日々生きている。
 人間は一人では生きられず、仕事も一人で出来るわけではない。私の「プラスα」には、常に妻や家族を含む周りの人の理解や、協力があってこそ「プラスα」が可能なわけである。そのことを一時も私は忘れたことがない。私の周りの全ての人々に感謝して、その恩返しをすることも「プラスα」でありたい。