寄稿

ウィスキーが、お好きでしょ♪

岡本匡央

 ある日ある晩、家のソファー、酔眼朦朧たる状態でこんなことを考える。「日常のなかにある非日常こそ心地よい」。締め切りに追われる毎日、ルーティンな毎日を少し離れ、一風変わった時間や空間に触れると現実を忘れてリラックスし、愉悦を感じるものだと。暖かい日差しと満開の大阪城の桜、浴衣と下駄が涼しい淀川大花火、高台寺の真っ赤に染まった紅葉、雪深々と降る城崎の外湯めぐり、プロ野球眺める夜風の外野スタンド、高速道路のスロープに連なるネオンとバックの梅田ビル群、・・・。そして、とっておきのものがある−。

 6年前に「職」を得たとき、「食」に対してはお金を一切ケチらない!という、小さくて大きな誓いを立てた。イタリアン・中華・焼肉・寿司・ラーメン・ケーキ・・・。休日になれば電車や原付で労を惜しまず東奔西走。そんな姿を見てか見ずか、仕事の姿勢や振る舞いだけでなく、アフターファイブや休日の楽しみを教えてくれる先輩がいた。
 「交遊抄」っぽく。「プライベートも充実してこそ。人生は楽しまなきゃ!」という氏から、寝台列車・一人旅・写真をはじめ、多少ムチャしても遊び心を忘れない生き方をたくさん習ったが、一番影響を受けたのは「お酒のたしなみ方」。父親がまったく飲めない影響で、もともと酒というものが身近になく、付き合いで無理やり飲むくらいだったが、シチュエーションに合った酒の愉しみ方を教わった。
 
 ビール、発泡酒、第3のビール、チューハイ、カクテル、焼酎、日本酒、ワイン、リキュール、スピリッツ、そしてウィスキー。我々の回りにある酒のジャンルはすぐに思いつくだけでもこんなに多く、商品となると無数にあるといっても過言ではない。が、人口減少や若年層の節約志向、販売免許基準の緩和など様々な理由で、酒全体の国内消費量は年々減少傾向にあるという。紙面や雑誌等によると、少し前まではプレミアム志向と健康志向に後押しされワインやチューハイなどが好まれたが、最近は安価な第3のビールと、逆に贅沢感が味わえるプレミアムビールの人気はあるものの、酒市場全体は縮小。
 とりわけ、2008年度まで24年連続で市場全体が縮小を続けたジャンルがある。−ウィスキー−。かつての高度経済成長期には、サラリーマンが会社帰りにいわゆる「トリスバー」と呼ばれる庶民的なバーでウィスキーを炭酸水で割るハイボールが爆発的人気となり、スナックやクラブでは芳醇なモルト香る「オールド」が重宝された。大衆の酒である一方、あこがれの酒でもあったのだ。しかし、80年代に入ると、ワインやチューハイの台頭、流行が先走った時代感?、オッサンくさいイメージ?、ウィスキーは覇権を奪われていった。
 
 かくいう学生時代の私にも、ウィスキーは縁遠い存在であった。酒に弱いと思い込んでいたことや、独特のにおいと口当たり、何となくアルコール度数の強そうなイメージから敬遠していた。が、先輩にだまされたと思ってハイボールをやってみると「案外いける!」。鼻に抜ける感じが爽快だった。さすれば、ハイボール、水割り、ハーフロック、オン・ザ・ロックスと飲み方に趣向を凝らすとともに、「山崎」「白州」「余市」「BOWMORE」「響」などのウィスキーの豊かな個性たちにふれ、舌と鼻に伝わるフレッシュ、スモーキー、フルーティーな香味たちの深みに引き込まれるまで、さほど時間は要しなかった。
 ただ、ウィスキーの魅力はフレーバーだけにとどまらない。−熟成とブレンド−。その製造工程では仕込・発酵・巨大な釜による蒸溜ののち熟成がおこなわれるが、蒸溜所の樽の中で長いものでは30年以上眠ることとなり、降り積もる時間は、貯蔵される環境、樽ごとに個性の違う原酒を育てる。だが、自然が作り上げた原酒は、そのままではクセが強く味も単調なためブレンダーと呼ばれる職人が個性を響き合わせる。この熟成とブレンドが醸し出す人生にも通じるロマンと雰囲気こそが、飲み手を陶酔させるのである。

 ウィスキーは、ビールよりも酔い方が上品で、チューハイよりも香りがノスタルジアを感じさせ、焼酎よりもセンスが良さそうで、日本酒よりも実はどの料理にも合い、ワインよりも日本的で親しみやすく、スピリッツよりも原酒ブレンドがある分だけ人間的な酒である。ウィスキーで酔うと他の酒のそれとは違う感覚になる。「酔う」とは「酒を飲んで通常の状態でなくなる」ことの他に「物事や雰囲気などに引き込まれ、うっとりとした状態になる」という意味もあるが、まさにそういう酒である。

 「醒めよ人!酔はずや人」「人間らしくやりたいナ」「遊ばない人と、遊ばない」「IとYouでWhisky」「恋は、遠い日の花火ではない」「わたしは氷、あなたはウィスキー」・・・。言い得て妙の名文句とともに時代を彩ってきたジャパニーズウィスキー文化。昨年あたりから、レモンを添えたハイボールが火付け役となりブーム再来、同僚や後輩でも飲む人が増えてきており、ウィスキー党の私にとってはうれしい限り。
 スーツを着たときにふれる事柄は毎日新鮮で魅力的ではあるが、時代の先端をいく内容は複雑で頭が疲弊する。そんなときは非日常にトリップ。
 シチュエーションはさまざま。ハイボール酒場で賑やかに、鴨川川床でさっぱりと、夜行列車でのんびりと、家のソファーでまったりと、バーで明け方までしっぽりと。グラスの氷が溶けていくようなスロータイム。自分と同じ時を経たウィスキーとのヴァッティング。アナクロな私にとって、タンブラーを片手に過ごす琥珀色の時間が至福のひとときである。