寄稿

翔る!ニッポンの公認会計士
新興国お国事情〜ベトナム編

桂木 茂

 ベトナムは「VISTA」の「V」であり、コンスタントに年率数パーセント以上の成長率を謳歌する典型的な新興国である。一方で現存する数少ない社会主義国であり、新興国独特の勃興期の活気のなかにも社会主義の看板がときどき顔を見せる。社会主義国といっても、労働者の代表である共産党一党独裁=資本家による搾取を排除した平等な社会の実現という理想は色あせている。共産党員は世襲的であり、特権的な立場にあるといえる。元来市場経済と社会主義は相容れないものと思われていたが、中国の成功やソ連の崩壊を横目に、ベトナムも80年代以降、市場経済政策や外資を徐々に導入し成果を上げている。規模は小さいながら中国のあとを10年遅れくらいで後追いしているイメージである。
 最近「格差社会」という言葉があるが、新興国の格差(個人や地域)は日本のそれどころではない。ベトナムでも同様で、90年代は社会主義の建前もあり「金持ち」であることをおおっぴらにしにくい風潮も残っていたが、拝金主義的な傾向は年々強まっているようにも見える。たとえば税制でもいわゆる相続税はない。これは金持ち優遇であるといえるが支配階級が自ら不利な制度を率先して導入することはあまりない。ちなみに日本はもっとも成功した「社会主義国」と揶揄されている。
 一方、社会主義の利点としては、治安が良いことに加え、政権交代がないので安定的な政策運営ができるということであろう。たしかに政策決定過程は「不透明」であり党内調整には手間取るようであるが、一旦決まってしまうと物事は比較的早くすすむ。最近は行政の長である首相には改革派(あるいは開発派)といわれる人物が連続して就任しており、外国投資は経済のエンジンのひとつであることから、おおむね外資に友好的な政策をとり続けている。また、90年代には、世界の最貧国のひとつであり、2000年代になっても、いまだに外国からの援助(ODA)は重要な「国家予算」のひとつであるといえる。このなかで日本はベトナムにとって最大の援助国であり、製造業を中心に民間投資も多い。このため学校教育の第二外国語に日本語を採用するなど、官民レベルで友好的な関係を築いているといえる。
 まもなくハノイ(ベトナムの首都)建都1000周年のイベントが開催される予定である。ベトナムは紀元以来中国の属州的な位置づけであり、唐王朝時代に阿倍仲麻呂が総督として赴任したこともある。10世紀にようやく独立を勝ち取ったのち、領土を徐々に中南部に拡大し、南北に長い国となった。第二次世界対戦前は仏領インドシナに属し、大戦後に独立する過程で南北に分断され、「ベトナム戦争」により国土は荒廃し、国民は疲弊した。ベトナムの「戦後」といえば、1975年のサイゴン陥落(解放)以後を意味する。その後生まれた世代が、いまやビジネスシーンなどでも中核世代になりつつある。このため、人口は8500万人であるものの平均年齢は20代と若く、所得レベルから考えても、日本の昭和30年代のような活気があるともいわれる。言語はベトナム語で、アルファベットに発音記号をつけた表音文字をつかうため、庶民にも覚えやすく識字率は高い。日本と同様、お箸を使い「大乗」仏教の国であることから、価値観の共有がしやすい。私が90年代後半に駐在員として勤務した国際会計事務所はその後会計不祥事で消滅した。しかし当時まだ20代で頼りなく見えたベトナム人スタッフは、働き盛りの中堅ビジネスマンとなり、会計や監査に限らず、色々な分野で活躍している。いまだに往信があることはうれしいことである。
 ハードソフトのビジネスインフラが不足していることは、新興国の課題であるが、有利に働くこともある。それは簡単に最新の制度、テクノロジーを導入できるということである。例えば最初から「カラー」テレビであり、「携帯」電話ということになる。会計制度もいまやベトナム会計基準=IFRSになりつつある。現時点までで26のベトナム会計基準書が公布されているが、大げさに言えばIFRSをコピーアンドペーストして調整したというイメージである。なにかにつけ現行制度との複雑な調整を行うことにエネルギーを要する日本などにくらべて簡単である。税制については、ODAによる外国人専門家の意見や近隣諸国の事例を参考に立案しているようである。法人税率は25%であり、付加価値税率(日本の消費税に相当)は、10%である。また個人所得税の最高税率は40%となっており、各税目における地方税はなく比較的シンプルである。
 監査法人の品質管理についても、若い世代は、新しいテクノロジーに抵抗がないので、新しいマニュアルや監査調書の電子化なども、低いコストで導入できる。英語についても、ベトナムの国際会計事務所ではすべて英語が標準語となっている。英語化は他のアジア諸国でも同様で、ある大手の国際会計事務所でマニュアル等を現地語に翻訳しなければならないのは、日本と韓国だけとのことである。かつて内需関連と考えられていた企業ですら海外進出する昨今、日本人CPAが言語でデバイドされてしまうのは、憂慮すべき事態であろう。
 昨今の経済情勢のなか、ベトナムを含むアジア地域に、多くの日本の中堅中小企業も進出するか、または進出を検討している。現地には日本企業むけの会計事務所もあるが、日本の事情も考慮したうえでの、クロスボーダー的なサポートに本当のニーズがある。人材も豊富で国際会計事務所の支援をうけることのできる大企業に比べて、海外進出する中堅中小企業に対する法務、会計、税務分野でのサポート体制は十分に整っていないのではないか。税理士業界も顧客の海外進出の支援には人材不足いう状況であると聞いている。中堅中小企業の海外進出支援体制の構築はビジネスパートナーとしての会計士業界にたいして望まれている。
2010年 夏 アンダーセンベトナムのOBとホーチミンにて同窓会