寄稿
第37回 リレー随筆

まさかの天橋立

森田晋次

 大阪梅田からバスに揺られること3時間。日本三景のひとつ、天橋立に行って参りました。
 と言っても、目的はカニと温泉です。確かにただカニと温泉を楽しむだけなら、わざわざそんな遠いところまで行かなくても近場に有馬や城崎などの名所があります。しかし、カニならやっぱり日本海!どうせならついでに観光もできる場所!ということで天橋立に決めました。
 朝の10時に梅田を出発して、天橋立についたのが13時。ホテルはちょっと離れた宮津で、チェックインは16時から。チェックインまで3時間ほどあるので、ついでの観光を先にすませようと計画し、まずはお昼を食べました。新鮮な海の幸に舌鼓を打ちながら、ふとホテルの送迎バスの時刻表を見てみました。すると、今いる天橋立駅から一駅向こうの宮津駅から14時30分発、次は17時20分発、次は・・・ありませんでした。チェックインの時間を考えたら14時30分発に乗るのが良いと思い、観光は次の日にして今日はホテルでゆっくり温泉を楽しもう♪と計画を変更し、急いで海鮮丼をかきこみました。天橋立駅に行ってみると宮津方面の電車が出てしまったばかり。でもまぁ宮津駅まで電車で1駅だし、余裕だなと思っていたのが波乱の幕開けでした。切符を買い、時刻表を見た瞬間目を疑いました。只今の時刻14時5分、宮津方面行きの発車時刻15時4分。。。そう、この時間帯はなんと1時間に1本しか電車がなかったのです。慌てて切符を払い戻し、別の手段で宮津駅まで行くことにしました。といっても、送迎バスまではあと25分。歩いては間に合わないのでタクシーに乗ることに。しかしタクシー乗り場にタクシーは1台もいませんでした。そこでタクシー会社に電話をかけ、なんとかタクシーに乗ることができました。送迎バスの出発まであと10分しかなく、間に合うかどうかハラハラすると同時に別のハラハラもしておりました。もし間に合わずタクシーでホテルまで行くことになったら、一体いくらかかるのだろうかと。なんとか祈りが通じ、ギリギリ送迎バスに間に合い、ほっと一息ついてバスに乗り込みました。バスに乗ること30分、宿泊先のホテルに到着しました。この時、タクシーじゃなくてよかったと改めて思ったことは言うまでもありません。ホテルにチェックインして、さっそく温泉を楽しみました。大浴場には露天風呂があり、雪の降る中の温泉を満喫しました。夕食はお楽しみのカニづくし♪日本海で採れた新鮮なカニは筆舌につくしがたい美味でした。当初の目的を果たし、大満足な一日でした。
 次の日、朝から温泉に浸かり、極楽気分のままついでの観光に行こうとホテルから天橋立駅に向かうバスに向かって行きました。そこに見えたものは、白、白、白。まさかの大吹雪でした。駐車場に止めている車はもはや、どれがどれだか判別不可能。視界はせいぜい50メートル。晴れ晴れとしていた昨日とは打って変わっての雪景色でした。天橋立の一番の景観はなんといっても、傘松公園から見える斜め一文字。この吹雪ではせっかくの景色も見えないのではないかと不安ながら向かうことになりました。天橋立駅から傘松公園までは、遊覧船とケーブルカーを乗り継ぎ30分ほど。まずは遊覧船で水平線から天橋立の景色を楽しみました。といっても、水平線から見てもそこまでの感動はなく物足らない感じがしました。船着き場からケーブルカーの乗り場まで凍てつく吹雪の中、必死で歩きました。登り坂では滑って転ぶのを必死でこらえてやっとのことでケーブルカーに乗りました。10分ほど乗って傘松公園につき、有名な股のぞき台がある展望台に行った時、思わずため息が漏れました。なんて美しいんだろう。傘松公園から望む天橋立の大パノラマは正に日本三景に相応しい景観でした。展望台についた時には吹雪もなく、見事に雪化粧をまとった天橋立がそこにありました。しばらく呆然と神秘を眺めていました。ようやく我に返り、しっかりと股のぞきもして天に架かる橋を目に焼き付けました。ついでと思った観光でこんな感動に出会えるとは思いませんでした。あと傘松公園には、かわらけ投げといって土器を投げ、離れたところにある柱の先の輪を通すと願いが叶うと言われる場所があります。私はかわらけではなく、雪玉を何回も投げて願いごとをしました(笑) そうこうしている間に時間はお昼過ぎ。お昼は少し離れた天橋立ワイナリーですることにしました。そこに行くにはケーブルカーを降りてからバスに乗ります。下界はやっぱり吹雪で、バス停すら雪で埋もれて見えないほどでした。近くの薬局で雨宿りならぬ雪宿りをさせてもらい、話を聞いてみると今日は5年ぶりくらいの強烈な雪とのこと。本数の少ないバスの時間と猛烈な吹雪と格闘しながらお昼をすませ、再び天橋立駅に戻り、帰りのバスになんとか間に合うことができました。本数の少ない電車・バス、そして吹雪と幾多の困難にも遭いましたが、思い出深い旅となりました。