会計士の職分

 

‐日本税理士会連合会の「税理士法改正に関する意見(案)」に対する反論‐

松田安正 (公認会計士・弁護士)

 
1. はじめに
 平成22年5月31日、日本税理士会連合会(日税連)は「税理士法改正に関する意見(案)」(以下「意見(案)」という。)を公表し、その後この立法化を進めている由である。
 日税連は、平成7年10月に同様の21項目から成る「税理士法改正に関する意見(タタキ台)」を公表し、この意見に沿って法改正運動を続け、平成13年6月税理士法の大改正がなされている。その後も平成17年7月26日に会社法が制定されたが、この際日税連の積極的運動により、税理士にも株式会社の会計参与の選任資格が付与され、取締役と共同して、税法目的のみならず会社法上の一般計算書類の作成権限も付与されている。
 今回の日税連の「意見(案)」は、税理士は「わが国における唯一の税務専門家である」として、その職域の拡大を求めるのみならず、弁護士および公認会計士の税務業務の制限を企図していると見受けられる。日税連がこのような成果を遂げた原因は、会計士の職分(使命と職責)につき、金融庁のみならず日本公認会計士協会もまた、その認識と主張が欠如しているためである。この点から、現在進行中の公認会計士法の改正問題についても、若干の言及をしたい。
 
2. 会計士の職分についての英国および米国の実情
 わが国の旧商法(改正前の会社法を含む)は、当初大陸法系の法制度を導入したが、その後、昭和13年の改正は実質的に英国会社法に倣って、会計法規等の改正を行ない(昭和13年=1938年は米国の証券法等の制定直後の頃)、戦後の昭和25年の大改正は、米国の進歩的な諸州の会社法に倣ったものである。わが国商法はその後も引続き小改正が繰返されたが、米国のデラウェア州、ニューヨーク州会社法等が部分的に導入され、英国会社法は殆ど参照されていない。
 ところで、英国の諺に、「医者と弁護士 (solicitor)と会計士を友人に持てば、人生は安泰である」と言われているとおり、会計士の職分は、本人のための財産管理責任(Stewardship)とその報告責任(Accountability)に求められた。英国においては伝統的に会計士の業務が広汎であり、公開会社の監査人(Auditor)の職務を行なうほか、企業の整理、清算事件においても、倒産事務士(Insolvency
Practitioner)の資格も付与されている。また米国諸州においては、連邦証券法規を除いて、会社法には殆ど計算規定はないが、州法により会計士法が制定され、独立会計士(Public Accountant)として計算書類の作成および証明業務あるいはコンサルタント業務に関与し、弁護士とともに内国歳入庁の税務代理権も認められている。
 このように先進国の英国および米国では、会計士が弁護士とともに会計・税務の専門家として、その職務を遂行している。わが国のような税理士制度は存在しない。
 昭和23年7月6日公認会計士法が、また昭和24年6月10日弁護士法がそれぞれ制定された際、本来は旧計理士法と同様に、昭和17年制定の旧税務代理士法も廃止さるべきであった。しかし第二次大戦後の財源不足による租税徴収の確保と、退職税務職員の救済を主たる目的として、昭和26年6月15日に税理士法が制定され(施行期日は1ヶ月後の7月15日)、税務代理士制度を温存し、徴税官庁の援助の下に、先進母法国に例を見ない現行税理士制度を存続、発展させている。税理士法については、昭和27年6月30日に国税庁長官より税理士法基本通達が発布されているほか、平成20年3月31日財務大臣の「税理士・税理士法人に対する懲戒処分等の考え方」が公表されているように、日税連はまさに徴税補助機関と目されるものである。本来廃止さるべきであった税理士制度が逆に存続、発展したことが、会計専門家である公認会計士の職域を大きく削減していることに、われわれは深く反省しなければならない。
 
3. 公認会計士法の迷走
 公認会計士法は上記のとおり米国の証券法規の導入も一因として昭和23年に創設されたが、当初は公認会計士試験第二次試験(以下「二次試験」という。)と、その後3年間の業務補助と実務従事を経た後、受験する公認会計士試験第三次試験(以下「三次試験」という。)とに区別されていた。前者の二次試験合格者には会計士捕の資格が付与され、報酬を得て財務書類の調整、財務に関する調査、立案、相談に応じることができるとされていた。しかし、会計士補の業務は税理士法の制約を受け、税理士業務を行うことは許されなかった(このため地方都市に居住していた筆者は昭和28年に二次試験合格後、翌昭和29年に税法3科目試験に合格して、税理士登録を行ない、始めて正常な会計士補業務を行うことができた)。また、後者の三次試験の受験資格を得るためには1年間の実務補習と2年間の実務従事が要求されたが、東京、大阪周辺を除き、地方では指導公認会計士、補習機関を求めることは極めて困難であった。さらに、三次試験に合格して公認会計士開業登録をしても、地方都市には証券取引法適用会社は存在せず、税務その他のコンサルタント業務を主体とする会計士業務に依存せざるを得なかった。一方、開業登録した公認会計士には当初弁護士と同様、通知公認会計士制度が認められていたが、昭和55年から許可公認会計士制度となり、この制度も平成14年3月に廃止され、現在公認会計士は税理士として登録をしなければ税理士業務を行えないこととなり、金融庁と国税庁の二重監督を受けることとなっている(弁護士は弁護士法が税理士の資格を付与しているため、依然として通知制度である)。
 公認会計士業務の監督は、日本公認会計士協会の監督は形式のみで、実質は内閣総理大臣(財務省あるいは金融庁)により行なわれているが、この監督官庁は、先進国の英国の法制度は殆ど参照せず、専ら米国の証券諸法上の証券取引委員会(SEC)の規制を模倣しているに過ぎない。さらにわが國の規制は平成15年(2003年)6月6日の公認会計士法の大改正(その実施時期は平成18年1月1日)により制度上強化されているが、この新旧法規の主要内容の比較は、協会の監査小六法の平成18年版によってのみ参照可能である(中央経済社の会計全書は、公認会計士法の登載を平成14年を最後に廃止している)。その内容は従前の二次試験と会計士補の制度を廃止し、従前の三次試験に相当する公認会計士試験合格者を2年間以上実務従事、実務補習を受けさせ、その課程の修了者にはじめて公認会計士の開業登録を許すものである。
 このような登録制度は、経済の右肩上がりの時期を想定し、かつ公認会計士による監査業務の需要の増加を見込んで行われたところ、その後の経済不況から上場企業、大会社はさ程増加せず、現在公認会計士試験に合格しても監査法人あるいは企業に就職して、実務補習を受けることが困難となり、多数の試験合格者浪人を出現させている。まさに制度の変更を根本的に考慮せざるを得ない状況となっている。このような現象は弁護士の場合も同様であるが、弁護士の場合は司法研修所の修習後、弁護士登録(開業)が認められるため、公認会計士よりは多分に緩和されている。一方、英国では、勅許会計士に監査業務のみならず、税務あるいは倒産事務士の業務も含めて広汎な業務を付与され、また米国でも会計士に証券法のみならず広汎な会計、税務の職務が認められている。したがって英国の勅許会計士協会(ICAEW)の機関誌“Accountancy”あるいは、米国の公認会計士協会(AICPA)の機関誌“Journal of Accountancy”においては、会計記事のほか毎号税務業務の解説記事が載っている。
 
4. 米国2002年SOX法の影響等
 上記のように公認会計士制度が改悪されている現状は、米国における2002年SOX法の制定と国際会計基準の導入問題も大きく関与しているかとも考えられる。しかし、SOX法の制定は2001年のEnron Worldcom等の大型倒産事件を契機としたものであり、国際会計基準委員会の改組(米国デラウェア州の非営利法人法によるIFRSの設立)も2001年2月6日である。わが国では既に住専、長期信用銀行あるいは証券会社等の倒産により、証券法規のほか企業会計、監査制度の不備が認識され、逐次その改正がなされた後である。
 金融商品取引法の担当官庁である金融庁は、国際会計基準による財務諸表の報告基準(会計基準ではない)の導入については、その本質を慎重に検討し、会計基準、監査基準あるいは公認会計士制度に無用の混乱を及ぼすべきではない。端的に説明するとEU諸国において国際会計基準(時価会計)が導入された2005年頃は、経済の右肩上がりの時期であり、EU諸国企業は、米国のFASBの会計基準(取得原価主義)によった場合と比較して、概ね25%以上利益が増大したためである。米国において近年SECも国際会計基準の主張する原則主義の高品質の会計基準の導入を迫られたのも、(SOX法108条)米国の一般企業がこの国際会計基準を採用したとすれば、同様に約25%以上の利益が増大するためであった(オーストラリアの会計記事による)。しかしその後の世界的企業業績の低迷と、G20による指示(curb out)等のほか、米国財務会計基準委員会(FASB)の5ヶ年をかけた旧基準書の改訂(2009年10月31日 膨大な4分冊の刊行)により、国際会計報告基準(IFRS)も、FASBと共同しての改訂と制定を迫られている。
 また、各国の商法あるいは会社法は、その沿革から明らかなように構成員(株主)が少数で閉鎖的であり、会社の債務も実質上経営者(創業者)が保証責任を負う小会社が多数である。株主有限責任を前提に、資本を広く公衆に求める大会社は極めて少数である。このため米国諸州の会社法は、法文上は計算書類の作成も株主総会への提出も規定していない。また英国の現行2006年会社法はEU第4次指令により改正されたが、国際会計基準の導入は上場企業の連結財務諸表のみである。小会社の場合には監査役の設置と計算書類の年次株主総会への提出義務等も免除させている(Gower and DaviesのPrinciples of Modern Company Law第8版の762頁によれば小会社の95%はAuditの免除を受けている由である)。なお、このような小会社の場合には、利益の分配(Distribution)は配当(Dividend)のみならず役員報酬(Remuneration)等によっても行われるところから、計算書類の作成は企業会計の原則の適用以前に、公平・衡平(Unfair Prejudice)問題が重視されるところから、会計士のみならず弁護士の職分とされていると解される。わが国の金融庁あるいは一部の学説のように、会計士は財務諸表の適正性の担保者としての職務を主体とし、計算書類の作成あるいは会計、税務の相談、指導業務は附随的なものとする考え方は、本末を転倒した迷論であることを銘記すべきであろう(わが国においても平成19年の国税庁の発表によれば、法人数264万7,369社のうち、資本金1億円以上10億円未満は3万1,324社、10億円以上は6,876社に過ぎず、大部分の会社は株主あるいは税務のためにのみ計算書類を作成しているに過ぎない)。
 以上のとおり、英国および米国においては会社法あるいは税務上の計算書類の作成は勿論、税務相談、代理業務等もすべて会計士(勅許あるいは独立を問わず)の職務である。日税連の意見(案)とは逆に、中立の立場あるいは公正な立場での税務の申告指導、代理等は、まさに独立、不羈の公認会計士の職分とすべきものである。この点の理解により、はじめて公認会計士の本来の職分を全うさせることができることを強調したい。