寄稿

2012年を迎えて辰年の皆さんの新年の抱負を聞く
公認会計士の今昔

中島 弘

 
 昭和36年9月2次試験合格 近畿財務局管内で18名、全国で118名で過去過少であったと思う。
 実務補習の同期は新卒0、陸士関係3、海兵関係1(筆者)、税務関係3、高校等の教職3、その他である。
 近畿の補習所は、東京より先に開設された。
 補習の申込に履歴書を添えて申込みに行くと補習担当の先輩 辻野明先生は、貴様は海兵76期か、俺も76期だ、今後76期の世話係もせよ、となかば強制的に世話係となり現在に到っている。全国で1,000名余の合格者に比し、業界の発展に驚いている。
 一方司法試験の合格者は年間500名前後が最近まで続き、24年1期生(合格率60%余)2期生は33%と手当を受け実務修習をしている。
 実務修習後、英国系のロービングアンド ラッキー会計事務所(現センチュリー?)に就職内定し、カナダの世界最大のアルミ会社 アルキヤン香港支店に就職予定であったが最終の合格通知が郵便の手違で、4月10日になっても着信せず、公務員試験の2期生の中島は4月1日付で配置換になり45年1月退職。島田信愛会計事務所に転職し現在に到っている。
 合格当時は二次合格は少なく多くは特別試験の合格先輩の鞄持ちとして実務経験を積み業界に入っている。
 島田先生の推奨したI.C.G.は全国組織で、59年アメリカ西海岸の税務当局、現地の日系企業等研修は外国訪問の最初であった。当時参加した公認会計士の内、現小川会長、昨年物故された石川先生等現在の中心的メンバーがおられることは、I.C.Gの先見性があったと思っている。