寄稿

翔る!ニッポンの公認会計士
〜インドネシア編

第9回
平田 英之

はじめに
 インドネシアの首都ジャカルタにある提携事務所での勤務が終わってから、早や3年半が経とうとしていますが、まだ私の心の中には、インドネシアでの2004年7月から2008年8月までの約4年間の月日が、つい最近のことのようにありありと残っています。また、月日が経つにつれて楽しかった思い出だけが残り、辛かったことや苦労したことも、今では少しずつ良い思い出に変わって行っているように思います。
 正直な話、私はインドネシアへ赴任するまで、インドネシアのことをほとんど知りませんでした。「バリ島がある」「イスラム教徒が多い」「ほぼ赤道直下で暑い」等々の知識のみで赴任した訳ですから、今から考えるとひどい話だと思います。この予備知識のなさが赴任当初のカルチャーショックを受け入れる基礎となり、最後にはインドネシアのことを大好きになって帰任できる大きな要因のひとつとなったように思います。
 以下では、取り留めもない話も多いとは思いますが、私のインドネシア駐在時代と、その後の日本での勤務について振り返らせて頂きたいと思います。
インドネシア赴任当初
 インドネシアは当時も今も経済成長を続ける活気溢れる国ですが、私が赴任した2004年当時はアジア通貨危機の影響からの回復途上にあったため、高層ビルが立ち並ぶ中心部でも、建設中のまま放置されたビルが廃墟のように残っていたり、昔ながらの街並みも混在している状況でした。また、インドネシア語はアルファベット表記ではあるものの英語とは異なる部分が多いため、道路標識や看板の意味は全くと言っていいほど分かりませんでした。今から思えば当たり前のことですが、当時は、あまりの日本との環境の違いに、窓から外を見るたびに頭が混乱したのを覚えています。その一方で、提携先の事務所での業務については、世界共通の業務マニュアルを使用していることや英語が通じること、インドネシアの会計基準が国際財務報告基準にかなり近いものであったこともあり、何とかなるのではないかと思えたのが救いでした。
インドネシアでの業務
 私のインドネシアでの業務は、提携先の事務所が日系企業に対して提供する監査、税務及びコンサルティング業務のサポートと、新規顧客の開拓でした。駐在前の日本での勤務時代には監査業務の経験しかありませんでしたので、日々、戸惑いと忙しさに追われて過ごしたのを覚えています。そんな毎日を送る私を支え、いつも勇気付けてくれたのは、提携先の現地プロフェッショナルの皆さんでした。特に、日系企業を主に担当してくれていた4人の女性パートナー(Fennyさん、Ernyさん、Nataliaさん、Fei Lingさん)には、様々な面でサポートして貰い、いつかは恩返しができるよう駐在員として成長したいと願ったものです。
 そうした日々を闇雲に過ごすうち、業務環境にも何とか慣れることができ、少しずつ自分らしさを出せるようになったのは、駐在員生活も折り返しを過ぎた3年目の頃だったと思います。その頃には、何とか新規顧客を獲得してお世話になったパートナー達に恩返しができるようになり、また、現地のパートナーやスタッフとチームを組んで、問題解決や業務提案に当たれたことは、本当に良い経験になりました。
インドネシアからの帰任後
 2008年の8月に関西に帰任して以降は、アジアを中心に海外展開している顧客への監査やコンサルティング業務に従事しています。当初は、インドネシアでの業務があまりに日本での業務とかけ離れていたため、帰任後の業務に活かせる場所はないのではないかと考えていました。しかしながら、海外展開している会社にはほぼ同じような悩みがあり、その悩みの解決方法(企業秘密です)を私は少しだけ知っていると思えるようになってからは、駐在時代の知識や経験を日本での業務にも少しずつ活かせるようになりました。今後も、顧客の悩みと向き合いながら、顧客にとって価値のあるサービスを提供し続けて行けたらと考えています。
おわりに
 こうして寄稿させて頂くに当たり、駐在時代から帰任後の自分を振り返った時、一番強く思うことは、「駐在に行って本当に良かった」ということです。また、極端な話ですが、今では「駐在に行っていない自分」が想像できない位です。
 そうした自分の経験から、もし、今、海外に行くべきか迷っている方がいるようでしたら、勇気を持って踏み出すことをおすすめします。良い事も悪い事もあると思いますが、少なくともその人の人生にプラスになることが多いと思います。
 本当に取り留めのない話ばかりで恐縮ですが、海外での業務を考えている方にとって、何らかの参考になるようであれば幸いです。