寄稿

手紙を書きます

第48回 リレー随筆
コ野 弘佳

 
 幼い頃、ポストを覗くのが好きでした。子供の私宛に届く手紙といえば通信教育の案内くらいしかありませんでしたが、それでも宛名に自分の名前があると嬉しくなった記憶があります。あまりに手紙が届かないので、年賀状が届く季節には、率先して家族分の年賀状の仕分作業をしていたくらいです。祖父が商売をしていたので、年賀状自体は沢山届くのですが、自分に届く年賀状の数は知れていました。枚数の差にがっくりした記憶も懐かしいです。
 今もポストを覗くのは好きです。残念ながら、大人になった私宛に届くのは、クレジットカードの請求書やダイレクトメールがほとんどです。やはり少し切なくなります。携帯電話のメールを使うようになり、年賀状を書く枚数も年々少なくなりました。自動的に年賀状が届く枚数も年々少なくなっています。
 手紙を書くのは大好きです。ただ、よく書き間違いをします。修正テープを使いたくないので、書き直します。それでもまた間違え、書き直します。時々“負のループ”というものに陥りますが、書き終わったときの達成感は思った以上に大きかったりするのです。
 クレジットカードの請求書やダイレクトメールしか届かない、そんな私にも、時々嬉しい手紙が届いたりします。“文通相手”からの手紙です。
 もともと飽き性で、面倒なことは投げ出してしまいがちですが、十数年来の文通相手がいます。えらく長い月日が過ぎました。文通を始めたきっかけは、ピアノ雑誌の文通相手募集コーナーでした。個人情報の保護が叫ばれる今の時代にそういうコーナーがあるかどうかは分からないのですが、その当時、文通相手募集コーナーには投稿された人の名前と住所がさも当然のごとく載っていたのです。
 中学2年生だった私は、全く知らない人と“話してみたい”と思い、手紙を出しました。最初に手紙を送った人に手紙が殺到し、対応しきれず今の文通相手を紹介してくれました。同い年だけど、私が住む土地からは遠く離れた場所に住む文通相手に、どきどきしながら手紙を送りました。初めて返信があったときから、十数年……。最初は約一ヶ月くらいで往復していた手紙ですが、すこしスパンが長くなりながらも、文通相手から届く手紙が、私の手元に積みあがっていきます。ちなみに、少し電話で話したことがあるくらいで、会ったこともありません。いつも、手紙から伝わってくる文通相手の人柄を感じながら、「北海道の大学受けるの?」とか「えー、仕事で長崎に引越し!?」等々文面に突っ込みを入れて手紙を読む日々です。携帯電話を持ってからお互いのメールアドレスを交換しましたが、「ごめん、いまの住所ってどこ?」と緊急連絡に使うくらいで、メールのやりとりはしない約束をしました。今もその約束は、ちゃんと生きています。
 昔から欲しかった一眼レフを手に入れてから、行く先々にカメラを持って行って写真を撮るようになりました。旅行はもちろん、登山でも担ぐようにカメラを持っていきます。撮った写真を現像するということはあまりしませんが、市販のインクジェット用のポストカードを買ってきて、撮った写真を印刷し、暑中見舞いや寒中見舞い、お礼状等々に使うようになりました。自己満足ですが、撮った写真の有効活用……ということにしています。ちなみに最近海外旅行に行ったときに、現地でお世話になった方にもポストカードをお送りする機会があったのですが、海外へ手紙を書くということに、思った以上に苦労しました。中学生のときの英語の教科書に載っていた気がする“宛名の書き方”……。まったく覚えていませんでした。それに加えて、英語でのお礼の書き方……。悪戦苦闘して、やはりたくさんの修正を繰り返し、なんとか完成した手紙は“via Airmail”の文字とともにポストへ……。たった90円で海外に手紙が届けられる不思議を感じながら、ポストに投函しました。
 “出来ればクレジットカードの請求書やダイレクトメール以外の手紙が届いていますように!”と祈って、今日も私はポストを覗きます。